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高校のときに買ったグリム童話集を読み返してみました。
「ほんとうは怖いグリム童話」ブームの頃に平積みされていたもので、帯には「残酷な描写や性表現が充溢した〈初版〉を読まずして、グリム童話は語れない」といううたい文句。高校生のわたしはたしかにそういう興味でこの本を手にとったのかもしれません。でも今日読んで思ったのは、ナウいぞナウいぞナウいぞグリム童話! 例えばこの本に収録されている「年とったおじいさんと孫」では老化現象のために若い夫婦にないがしろにされるおじいさんの姿が克明に描かれています。「おじいさんはほとんど歩けませんでした。膝はがくがく震え、耳は遠く、目もよく見えませんでしたし、それに歯は一本も残っていませんでした。食事をしようとスプーンを持っても、じっと持っていることができなくて、テーブル掛けにスープをこぼしてしまったり、口からスープがたれることもありました」(p.179)そもそもグリム童話の書かれた時代には医療もそんなに進んでないから40、50歳くらいでたいてい死んじゃってたんだろうと勝手な思い込みをしていたわたしは、しっかりよぼよぼになった老人が出てきた時点で驚いた。それから現代にも通じる問題提起と単純明快なソリューション。簡単にあらすじを言いますと、老人は綺麗に食べることができないのでいつもかまどのうしろの隅のほうに座らされていました。ある日老人は手がふるえてお皿を割ってしまい、それからはさらに粗末な木の皿をあてがわれるようになりました。すると四歳になる老人の小さな孫が床の上で板切れを拾い集めています。なにをしてるんだい、と若い夫婦が聞きますと、「餌おけを作ってるのさ。ぼくが大きくなったら父さんと母さんにこっから食べさしたげるよ」それを聞いた若い夫婦は心を入れ替え、おじいさんも近くに呼んで共に食卓を囲むようになりました。完。 なんかこのシンプルさがよかった。シンプルさが。 |
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韓国の女性がカラオケで世界記録、闘病の夫にエール
2月15日18時52分配信 ロイター [ソウル 15日 ロイター] 韓国で52歳の女性がバレンタインデーの14日、カラオケの連続最長時間の世界記録を更新した。記録に挑戦したのは、脳腫瘍と闘う夫(45)を励ますとともに、病気の家族を抱える人に希望を持ってもらうことが目的だったという。 自己中にしか思えないのだが・・・・・・ |
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今日飲みに行って、
![]() なんとなしに携帯のカメラをいじっていたら、画面上に映ったテーブルの上のカクテルが妙に美しく輝いていたので写真とりました。 魔法のドリンクみたい(ロマンチスト)。オレンジ色っぽく見えますが、本当は透明度の低い薄いピンク色です。つまりこれは、写真の上でだけ存在する幻の輝き。 |
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BSチャンネルを回していたら、あるチャンネルでちょうど森光子主演『放浪記』が始まったところでした。舞台映像。
始まりの音楽からしてあまりに叙情的で大袈裟だったので「まぁどうせ都合の良い大衆演劇だろう」と完全に高を括って見ていたのですが、これが、たしかに大衆演劇臭ぷんぷんではあるのですが、至るところに妙な厳しさがある。森光子演じる林芙美子という女性は不器量という設定で、夫はおおっぴらに浮気するし、女給として働いているカフェ(キャバクラのような感じ)では客にないがしろにされ、さんざん罵倒され、場を盛り上げるためだけに都合よく利用される。けっこう、救いがないのです。そしてそれを受ける森光子の表情や笑顔や、何より年齢を経た身体が「それでもめげずに頑張るヒロイン!」って安易な方へ逃げさせない。人生のどうにもならなさを、がっちりそのまんま表現してる。あぁもう救いようがないよねこういう瞬間って、っていうのをちゃんと乗せてる。これは、森光子が年を重ねるほどムリが出てくるというよりもむしろ年を重ねるほどリアリズムになっていくという、特殊な舞台だなぁと思いました。友人が喀血して喉に血が詰まってしまったのを主人公が吸いだしてあげるときの感じとか、母性とか、森光子がそのまんま存在している感じで地に足がついており、一幕が終るときにはその叙情的・大袈裟な音楽もまぁいいかなぁと受け入れる気持ちになっていたのです(って別にむこうは私が受け入れようが受け入れまいが関係ないでしょうけどね!)。脇役の演技とか、舞台装置とか、観客の笑うポイントとか、もうほんとにどうしょもないくらい大衆演劇なのですが、でも時々その微温が崩れハッとする瞬間のあるところが、長もちのポイントなのかなぁと思いました。 |
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数学者である父の部屋です。
![]() 久しぶりに見てびっくりしました。暖冬で雪の少ない北陸なんかに比べたらずっと高く積もっちゃってるんじゃないかと思えるくらいの本、本、本、紙、本…… 問題なのはこれが2階だということ。つぶれるんじゃないか、うち。 |
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今年に入って寝相の悪さがいよいよ極みに達してしまったらしく、朝起きるといつも風邪気味。
というのは寝ている間に布団をぜんぶ蹴ってしまっているから。 ベッドではないので幸い床に転げ落ちるということはないものの、起きた瞬間からぶるぶる、自分にむかついてかーーーーーっと怒るも特にどうなるわけでもなく、諦めてのっそり起き上がるのむなしいです!!!!!!! |
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いまうちのフジテレビがすごく画像乱れてときどきブラックアウトしたりしているのですが、
![]() ジュワーンてなってる沢村一樹(食わず嫌い王決定戦)。 他のチャンネルは平気でフジテレビだけだから全国そうなのかな。 ちなみに昨日ははねとびがしばらく縦長になってた。。 |
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ボタンを押すのが好きです。特に大きい、「押したぁ」って実感できるようなボタン。
![]() 魅惑のウイルスバスター2005!! 正方形で大きくて、しかもクリックするとちゃんとボチッと動きます。かなり理想。これを押したいがために更新をキャンセルしすぎて、最近「セキュリティーが対応できていません」とパソコンに警告されました。 |
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モバイトドットコムのCMが気になる。
主に大学生らしい男女が登場して空き時間にモバイトでバイト、それでちょっと楽しいよって感じの筋書きなんだけど、最初の頃はその楽しさが「お客さんに声をかけてもらってやり甲斐!」っていうような爽やか系だったのがある頃から突然「旅行」「お嬢みたいな生活」「ビーチで女の子といちゃいちゃ」みたいなえげつないものに変わってきて、今流れているのは「水曜講義だ」「え〜っ・・・」「木曜休講!」「やったぁ」→モバイトっていう。本当になんというか、「大学生というモラトリアムの時期を精一杯遊んだり散財したりして楽しもう!」っていう刹那的な姿勢が露骨。そうやってキャンパスライフを楽しんだあとは必死に就職活動して自ら消費社会の部品になっていく人たちなのでしょう、きっと。順応主義バンザイ加減がイラッとくる。 |
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三日ころり:(発病後3日位でころりと死ぬ意から)コレラ。 [広辞苑]
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考えてみれば「ムダ毛」というのは哀しい存在で、ちょっと上に生えた「髪の毛」がトリートメントだったりカラーリングだったり色々オシャレーなことをしてもらって大切にされてる一方で、生まれ出たその瞬間から「ムダ」という十字架を背負い、成長を疎まれ、喜ばしくない場所に生えてしまったというただその理由だけで、容赦なく処理されてしまうのです。
かわいそう。 そう考えると、私は「ムダ毛」に生まれないでよかった。感謝。 |
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休みー! ということでムダ毛を伸ばしてみました。
ほぼ三日に一回の頻度でやっていたワキ・ウデ・アシのムダ毛処理をせず、伸ばし放題にするというものです。定期的に処理するようになって以来徹底的にその自由を阻んできたムダ毛をひとたび解放してやったら果たしてどれだけ伸びるのか。植物学的な関心もありました。 今日で一週間。ワキとアシはだいたい8ミリ程度まで伸びました。ウデは毛自体が細いのか、ほとんど目立ちません。さてこれからどこまでたくましく成長するんだろうと思っていた矢先、問題となったのは、ムダ毛が伸びていることに伴うなんかいやぁな感じです。ワキは閉じたときに伸びた毛先が肌を刺激してかゆい。アシは肌を刺激することはありませんが、手でさわってみて毛先の部分でなく毛のなんというか、胴体の部分に触れるということがここ数年なかったので、絶大な違和感があったのでした。 泣く泣く、今日ぜんぶ処理してしまいました。 面白いのは、それでもいざ処理しようとなったとき、長年伸ばし続けた髪を切るときと同じように「もったいない」という感覚が芽生えていたことです。「せっかくここまで伸ばしたのに」って。 MOTTAINAI ムダ毛まで「もったいない」と思える私は良い奥さんになるはずです。 |
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